陶器楽園

 
陶器楽園シリーズ〜昇陽窯〜<しょうようがま>
日本六古窯

日本六古窯とは、古来より現在まで続く6つの窯の総称です。愛知県瀬戸市の瀬戸(せと)・愛知県常滑市の常滑(とこなめ)・滋賀県の信楽(しがらき)・福井県の越前(えちぜん)・兵庫県の丹波・岡山県の備前(びぜん)、この6つの窯は、鎌倉時代から現代まで、永く陶芸の歴史を繋いできました。後に中国や韓国から伝わった技法を用いた窯とは一線を画す、生粋の日本生まれ、日本育ちの技術で作られています。

そのうちの一つ、丹波焼き。現在では、丹波立杭焼きという名称で国から伝統工芸品の指定を受けました。産地は、兵庫県丹波篠山市という、あの丹波の黒豆を育てる、豊潤な土を持つ土地です。

丹波伝統工芸公園「陶の郷」

現在約60軒の窯元が軒を連ねる陶の郷は、東は虚空蔵山、西は和田寺山にそれぞれ続くその山間の自然豊かな場所で、脈々と丹波立杭焼きの歴史をつないできました。四季折々の自然の中で築き上げてきた伝統は、自然の美しさだけでなく、時折見せる厳しさとも共存していく中で、柔軟性とおおらかさを持ち、現在まで続いています。

平安時代末期より続くとされている丹波立杭焼き。往々にして、長く歴史が続くと、人はその経験に依存してしまいたくなるものですが、丹波立杭焼は、歴史にしがみつくのではなく、新たな挑戦を繰り返して、今の形をつくり出してきました。それまでの窯も形を変え、生産数をあげ、大衆の生活やニーズ・習慣にあった物を常に模索しながら、その文化を受け継いできました。また、窯元が他の地域に修行に行き、そこで学んだ技術や技法を持ち帰り、それぞれの作品に生かすことも多いのです。そうすることで、窯元の作風を押さえつけることはなく、新しい発想を持って、自由で多種多様な作品を生み出し続けています。それは時として「特徴がないことだ、丹波立杭焼の特徴」と言われるほど。変化を良しとする文化、そのおおらかさが丹波立杭焼の最大の魅力ではないでしょうか。

昇陽窯

そんな丹波立杭焼の中心である陶の郷、上立杭と下立杭の境の高台に、「昇陽窯」は陶工房を構えています。立杭の山々を仰ぎ見る閑静な絶景の中にその工房を立ち上げたの、初代・大上昇さんは生家である大熊製陶所にて、作陶をはじめました。その後50年に渡り、さまざまな作品を世に送り出してきました。兵庫県文化功労賞を受賞にも見て取れるように、兵庫県丹波焼きの持続と発展に多大に貢献され、2002年にご逝去されました。現在「昇陽窯」の三代目となる大上裕樹さんは、祖父である昇さん、二代目であり父である裕さんから受け取ったバトンを、新しい技術を取り入れながら、未来へとつないでいます。

昇陽窯三代目となる大上裕樹さんご夫婦

鎬〜しのぎ〜

丹波立杭焼きの伝統技法として、「鎬」という技法があります。うつわの表面を削って山の尾根のような模様を作りだす技法です。一つ一つを手作業で丁寧に削られることで、釉薬に濃淡が生まれ、シンプルかつスタイリッシュな丹羽立杭焼独特の仕上がりとなります。そんな鎬の技法から着想を得て、「鎬象嵌」という新たな表現方法を生み出しました。シンプルな形に凹凸を連続して組み合わせた配列によって、様々な模様を作る技法です。その作業は、通常の5〜10倍の時間がかかります。それほど複雑で繊細な技法を施した作品は、見ていて飽きないとても奥深いものとなっています。

金沢で4年、名古屋で3年の修行を経た後、世界各国を旅して様々な文化に触れ、陶芸だけでなく、漆や染め物といった伝統文化に挑戦しながら、生家である昇陽窯に、新たな感性と技術、世界観を持ち帰りました。鎬貼り付けや白金釉など。その作風は、斬新でありながら、どこか親しみやすさを感じます。

各地で吸収したものを鎬という丹波立杭の伝統と合わせ、何度も試行錯誤を繰り返し、新しい独創的な作品を生み出す。作家としてのオリジナリティを求めながら、伝統を守っていくその裕樹さんの姿勢は、今まで脈々と受け継がれてきた、時代やニーズに合わせて柔軟に変化をしてきた丹羽焼きのあり方を体現しているのかもしれません。

 
 
陶器楽園シリーズ〜昇陽窯〜<しょうようがま>
オリジナル小皿

前菜やアミューズなど一品をのせる小皿

実際の盛り付け一例

エメラルドグリーンというほど緑が強くなく、トーンを落としたブルーがとても品の良い小皿です。食材よりも「主張」を抑えた色合いが食材を引き立ててくれます。マーマレードやジャムが乗ったパンやデザート皿としても利用できる万能小皿。食卓に花が咲いたかのような明るさを添えてくれます。また、プレゼントされた方の「かわいい〜」という声も聞こえてきそうです。

商品のページへ